約35億円の訴訟に発展した国際ドメイン詐欺
人知の及ばぬ32ビットの空間に、
名前がついたその日から、
見知らぬあなたと、見知らぬあなたに、
ウェブの糸がつながった
ドメインの織りなす運命を解き明かす
あらたな世界の扉が開かれる
それが、あなたの知らないドメインの.世界
2,600万ドル(約35億円※1)の訴訟に発展した国際ドメイン詐欺をご存知ですか?
2022年3月8日、香港在住のチャン・ドゥ氏(Qiang Du)は、ドメイン仲介業を行う米国の
VPN.com社に「89.com」を購入したいから所有者を特定してほしい」と相談したことが
始まりでした。調査の結果、「89.com」の所有者はカリフォルニア在住のドメイン投資家で
ある、ジョージ・ディキアン氏(George Dikian)と判明します。
VPN.com社は過去にディキアン氏との取引実績があり、同氏は1,800を超えるドメインを所有
していることもあって、何の疑いも無く取引は進行。交渉の結果、ディキアン氏が225万ドル
(約3億3,700万円※1)の買収価格で合意、VPN.com社が得る手数料は215万ドル
(約2億9,000万円※1)、ドゥ氏は合計440万ドル(約5億9,400万円※1)で「89.com」を購入
することになりました。
VPN.com社は、信頼できる大手エスクローサービス(代金預かり機関)のEscrow.comで取引
したいと主張しますが、ディキアン氏は「仮想通貨で税金負担が少ない」という理由で、
Intermediarを使いたいと反発。結局はIntermediarを使うことになりました。
2022年4月23日、Intermediarは「ドゥ氏より先払い金として220万ドル(約2億9,700万円※1)
の入金を確認」とVPN.com社に通知。
2022年4月24日、Intermediarは「89.com」の手続開始とVPN.com社に報告。
2022年4月27日–29日、Intermediarは「ドメイン引き渡し完了」をVPN.com社に報告。
これらを受け、VPN.comは「89.com」の取引を完了するための仲介手数料前払いとして、
25万ドル(約3,500万円※1)をビットコインでIntermediarへ支払いました。しかしこの取引
は詐欺だったのです。Intermediarからあった入金報告やドメイン移転完了連絡は、全て
噓でした。
さらにこの取引が終了する前、ディキアン氏はVPN.com社を安心させるため、Escrow.comで
95個のプレミアムドメインを追加で取引したいと更に儲かる取引を持ち掛け、同社は447万
ドル(約6億円※1)を受け取る取り決めをしましたが、実際には支払われず音信不通に。
Intermediarからは、「ディキアン氏はビットコインを受け取っておらず、取引をキャンセル
した」と説明を受けた上に、「89.com」の所有者もディキアン氏のままで、これらの取引
全てが詐欺であったことに気づいたのです。
2022年5月、VPN.com社は送金した220万ドル(約2億9,000万円※1)のビットコインの返金を
求めました。しかし、Intermediarはこれを拒否し、最終的にVPN.com社との通信を完全に
遮断してしまいます。
2022年7月28日、VPN.com社はディキアン氏、ドゥ氏、共謀者や資金を受け取った可能性の
ある“別の匿名関与者”とされるJohn Doe氏(※2)に対し、国境をまたぐ詐欺に該当するた
め、RICO法(組織的詐欺対応)を適用して提訴。懲罰的損害賠償や付随する損失も含め、
損害請求額は2,600万ドル(約35億円※1)となりました。
訴えに対しディキアン氏は、
・VPN.com社が詐欺を実行しようとした。
・Intermediarは自分とは無関係で、同サービスを利用したのはVPN.com社の責任である。
・VPN.com社が主張する「215万ドル(約2億9,000万円※1)の手数料」は、マルチミリオン
ドルの取引に対して100%近いコミッション率であり、通常のドメイン仲介手数料は5~15%
が相場。仲介業者トが100%手数料を取ることは「不当かつ違法」。
と反論。2023年1月には、両者でRule 26(f)協議(証拠開示手続き)を開始しました。しかし、
同年11月にVPN.com社がディキアン氏との訴訟を、なんと「和解・取り下げ」したのです。
このように法廷手続きは進んでいますが、判決の有無は不明です。
今回の訴訟は、ドメイン取得における高額取引がいかに詐欺の標的となりやすいかを改めて
示した事例とされ、高額取引では必ず正式なエスクローサービスを利用することや、Bitcoin
など暗号資産利用の際の詐欺リスクが注目される結果となりました。
※1 1ドル=135円換算で計算。
※2 米国訴訟では、まだ特定できていない被告を仮称で「John Doe」として名指しし、後に調査・開示手続きを経て実名に変更するための一般的な方法。
参考
VPN.com files $26 million lawsuit against domain investor
“George Dikian” responds to VPN.com lawsuit
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